前世ではなく、今の自分自身が主役
前世(過去世)の思い残しが執着となり、今生の自分を苦しめていた例です。
本当にまれですが、その執着があまりにも強い場合、まるで前世に乗っ取られたかのように、自分では止められない行動に現れたり感情に出てきてしまったりします。
前世を再体験するだけではなく、きちんと手放させて、いわば成仏させてあげなければ、根本の解決にはならないのです。
多次元統合セラピーは、そうした深い問題についても取り組んでいくことが出来るのです。
誇り高い、能力に恵まれた過去世
今回は表面的なセッションでは到底不可能、魂と魂のぶつかり合うような説得が続きました。
技術的な力量ではなく、この世界に生きる人として、私自身の魂の深さがどれだけあるのかを問われるようなセッションになりました。
30代 女性 芸術家
芸術系の大学を出て、とある賞に選ばれたこともある彼女は、現在は二人の子供を持つ主婦として一時的に芸術活動を少なくしていました。
かつて本当に表現したいことは何か、また芸術の業界に対する矛盾した思い(認められたいけど疲弊する)などを以前のセッションにおいてアプローチし、相当の解放を済ませていました。
ところが、いざ新しい自分になろうとすると、何故か身体が動かなくなり、また思考も混乱してしまいます。 そして今となっては不要な、大量の書籍もどうしても捨てられず、家が片付かなくなってしまっていました。
その根本の感情は恐怖感であり、解放して行くべく、アプローチを深めていきました。
19世紀末・ヴィクトリア朝時代の芸術家
ついに現れた、ラスボスとも言うべき存在は、彼女自身の過去世でした。 男性として生まれ、混沌とした時代を芸術家として生き抜き、若くして死んでしまったのです。
当時のイギリスは産業革命により急激な変化のさなかにあり、だれでも地位の向上を図れる時代でした。 しかし一方で貴族階級は未だ幅を利かせており、能力があっても様々な困難を乗り越えていかなければ、上へとあがることは出来ません。 まさに、のし上がるためには生き馬の目を抜くような時代だったのです。
そして、生き残るためには「情報」が命だったのです。 常に最新の情報を持ち、先端の芸術論議に花を咲かせ、その表現をしていくことが彼にとっての日常でした。 最先端こそが正義だったのです ここに、情報(=書籍)を手放せない根本の原因がありました。 情報を失うことは彼にとって即、死を意味します。恐怖があって当然です。
また、地位の向上についても深い執念がありました。彼女自身は本当に自分の表現したいことをやりたいのに、苦しくなる業界にこびたり、評価されやすい絵を書いてしまったりする原因もここにありました。彼はずっと隠れていて今世の彼女を操ることによって、満足を得ていたのです。
しかし、外堀を以前のセッションで埋められた形になり、とうとうその姿を現したのです。
その後の説得が大変
しかし、ここからが大変でした。いくらアプローチしても、彼自身が全く納得しないのです。 無理に無理を重ねた彼は若くして倒れ、そのまま人生を終えました。才能はとてもあったので、生きていれば確かに名のある芸術家として、後世に残ったかもしれません。 しかしその事実が、彼をますます執着に掻き立てます。 下手に頭が切れ、理解力も高いので、いくら話をしても切り返してくるのです。
ついに私は、セラピスト自ら直接介入して、彼の説得に乗り出しました。 (私のオリジナルの手法ですが、通常は絶対に行いません。真に非常事態のみです・・)
「では、なぜ日本なんだい?ヨーロッパではなく日本の彼女を選んだ理由は何?」 私は聞いてみました。すると、 「浮世絵が素晴らしいから。そして、日本の芸術や文化の話を聞いて、憧れていたんだ・・」
当時、ヨーロッパにおいて浮世絵は最先端の流行でした。日本からの荷物を包む梱包材として使用されていた紙に印刷されていた浮世絵は、入手自体もきわめて困難で、その知られざる表現は多くの芸術家たちに影響を与えていたのです。 そこで、彼に日本の精神性について説いていったのです。
表現は、あくまで自分の内側から湧いてくるもの。自分自身に向き合い、内面を見つめ、本質に気付いていくことこそ、本物が生まれてくるのではないか・・。 東洋的な価値観、座禅や瞑想、仏教と一神教の違い(まあ、結局共通するのですが)など、精神世界に入っていきます。
「私は、実は昔演奏家でね・・でも、結局自分には合わないことに気が付いた。自分を外へ表現していくことよりも、受け取ることの方が得意なことに気が付いたんだ。だから、この仕事をしている。」 「ああ、君ならそうだろうね。」 「これは、静かに内観して行かなければ見えてこない。そして、今の仕事は天職だし、とても幸せだよ。あなたは、自分自身の本質に気が付いているかい?終わってしまった人生と、今彼女に憑依していることは、本当に幸せに感じているのかい?」 「・・・・・」
「一流」と「本物」の違い
それでも、まだ彼は非を認めようとしません。 そこで、ビクトリア朝の時代から先、アールヌーヴォーなど彼が携わっていた芸術がどのように評価されて行ったか、彼とともに見て行きました。 すると、今でこそ一定の評価を得られているものの、当時もてはやされた後には急激に人気がかげり、流行おくれのレッテルを貼られてしまったのです。 そう、まるで現代社会のように・・
「そんなはずは無い!不滅のもののはずだったのに・・しかも、今の業界は、何てとんでもない・・・こんなのは、全く認められない。」 「いや、流行と言うものは必ず終わる。中には素晴らしい人もいるだろうけど、いっとき一流などともてはやされていても、所詮一時的なもの。 そうではなくて、普遍的な『本物』をこそ探求していくべきでは・・」
ようやく我を取り戻し始めた彼は、こちらの話に理解を示すようになって来ました。 「一方、座禅やヨガなど内面への探求、あるいは気功などは何千年も脈々と受け継がれている。表面的なノウハウ・情報やお手軽なエネルギーではない、本物であるからこそ今も残っていて、それでいて常に最先端でもある。分かる人にしか分からない世界だけれども、それこそが真の本物の世界なのではないだろうか。」
私の説得は続きます。 「あなたの人生は、私にもとてもよく分かる。疲れ果ててしまったのでしょう。私も同じ・・ でも、そういう表面的なしがらみから抜け出て、自分の本質に気付き、それに沿って生きる・・そうすれば本当に満足できるし、あなたもそきっとそうだ。 私は、もう一流とか有名になるとか、そんなものはどうでもいい。 ただ困っている人を助けたいだけだ。 重い人にも対応できる本物のセラピストになりたいだけだ。 分かる人にだけ分かってもらえればいい・・・
あなたは今、私の話を理解しているのでしょう。だったら、その価値と本当の意味が分かるはずだ。」
ようやく、彼は納得したようでした。 普通は生き別れた家族などに再会すると癒されたりるするものなのですが・・ まあ、よほどの執着があったからこそ、過去世の呪縛にあってしまった、と言うことなのでしょう。 きちんと最後まで癒し、統合していきました。 (セッションが終わったあとは、私も正直ふらふらでした。)
その後・・・
彼女は自分自身を取り戻し、芸術家として素直に表現できる新しい方法を模索し始めました。 きっと将来、心揺さぶられるような作品を手がけていくことでしょう。
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