お葬式は誰が為に

魂の旅は永遠に続くのかもしれません。輪廻転生について、あなたも少し考えてみませんか?

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魂の道中の無事を祈っています

私の祖父が亡くなった時のことです。

あるとき、もうすぐ90歳になる祖父が亡くなり実家へ戻っていました。
入退院を繰り返してはいましたが、最期は眠るように安らかに旅立ったと聞き、それだけは良かったと胸をなでおろしました。

その日、知らせを聞いて実家へと向かい、飛行場からタクシーで家に着くと(仏教で言う)お通夜の前に行う儀式が今まさに始まろうとしているときでした。
(実家の宗教は仏教ではなく、儀式的には神道に近いものです。)

慌しい中、少しだけ祖父の顔を拝むことができたのですが、その表情はとても穏やかで、本当に眠っているようでした。
ほどなく儀式が始まりましたが、内容を何も知らなかった私はそのまま祖父の近くで参加しました。

儀式が進む中、どううも違和感がありました。祖父が寝息を立てているような気がして仕方がなかったのです。
もちろん錯覚だろう、まだ私に実感が無いだけだ・・・そう自分に言い聞かせながら、式が進むのを見ていました。

そして、これから始まるのは、故人の遺体から魂を切り離し、転生の準備が出来る場所へと移す儀式でした。(そのときは知りませんでした。)
消灯して、大麻(おおぬさ)を亡骸の上で祓った瞬間のことです。

場の空気が一変たのです。

儀式が終わって祖父のほうを見ると、もう息をしている様子も感じられず、確かに骸となっているように感じられました。
そしてふと上を見上げると、見えはしませんでしたが、何かの存在を確かに感じたのです。
(もっとも、儀式上は家の祭壇にいるはずなのですが)
ほどなく、その感覚は消えていきました。
私は今でも、そのときの感覚が忘れられません。

人は死んだ後、肉体を離れ魂の存在に戻ります。
いくら本来はそのほうが自然だとしても、長い間3次元の肉体を持った中で過ごしていると、元の状態に慣れるまでは時間がかかるのかもしれません。
また、多くの人は死後の世界があることに懐疑的で、いざ自分がその状態になったとき、なかなか自覚できないこともあるのでしょう。
もしかしたら祖父も、緩やかな最期だっただけになおさらその自覚がもてなかったのかもしれません。

お葬式は、現代では残された者たちの区切りの意味合いが強いですが、本当はそうでは無いのです。
なくなった方がその儀式を受け入れることによって自らの死を自覚し、未練などを断ち切って次の場所へ移行する自覚を持つためなのです。
こちらに目的も無くとどまらないよう、きちんと送り出してあげるために必要なのです。

密教系統でしょうか、仏教の宗派の中にも短剣で亡骸の上の空を切って、魂と肉体の繋がりを断ち切るやり方があります。
本当に祈るのはパワーが要りますが、あちら側への移行をスムーズにするためには、きちんとした儀式が必要なのかも知れません

私個人は特定の宗教を信奉しているわけではありませんが、精神世界の学びの途中である私に(当時はまだびっくりしていましたが)経験を与えてくれたギフトだったと思います。
故人の冥福を心よりお祈りいたします