「素」の自分

こちらを尋ねてこられる方は、たくさんあるホームページの中から様々な理由で、選んでこちらへ来ていただいています。

全体の雰囲気だったり、色々な説明だったり、私の顔の写真だったり、イルカの写真だったり・・・
出来る限り誤解の無いよう、出来るだけ自分の心情、信条を書いているつもりです。
そして、それらを汲んでいただき、私のところに来ていただいた皆様に、本当に本当に感謝しています。

最近その中で、部屋の写真・波動を第一の理由としてこられた方がおりました。
霊的に敏感な方で、場の波動がよくなければ・・・と仰っておられましたが、まだ同時に「飾らない部屋」ということも気に入っていただけました。

まさにそうなのです。
ヒプノセラピーは、ご自身で体験するものなので、自分と向き合う勇気が必要なのですが、それは「素」の自分自身にアクセスしなければならないのです。

ですから、時間的にも余裕を持って出来る限りお話を聞かせていただき、心において本当の部分を出していただけるよう、出来る限り配慮しています。
飾った心のままでは、根本の解決、本当の癒しがおきにくいからです。

素の自分と向き合うことは普通ではなかなか難しいかもしれませんが、このオフィスはまさにそのためにあるのです。
私自身もまだまだ完全とは程遠い人間ですが、しかし出来るだけ飾らず、そしてどのような悩み・相談でも出来る限りのことをこれからも行って行きたいと思います。

Filed under: ヒプノセラピー — 楽 9:08 PM

一歩一歩

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ちょっと見えづらいかもしれませんが・・・
この写真は、たまに行く自然公園の池の中なのですが、真ん中の下のほうに小さな貝がいます。
一見、全く動いていない様に見えたのですが、良く見ると写真上の方からずっと足跡が続いています。
(見えますか?)

写真上・右角と真ん中の中間くらいから、うねうねと足跡(貝に足は無いのでしょうか?)が続いています。
いったい何時間、いえ何日かかって動いているのでしょうか?

これを見て、なんだかすごいなーと思いました。

たとえば、人がつまんで動かしてしまえば、とても遠くへ移動してしまいます。
貝の方がずっと歩みは遅い。
でも、なんだか人生ってそのような気がします。

人それぞれのペースがあって、たとえゆっくりであっても一歩一歩確実に歩んでいくことが出来れば、きっとその跡は残ります。
実はゆったりと構えていた方が、より全体がわかったり直感が働いたりして、
すんなり進むこともありますし。

わたしも、もうハイペースな人生はこりごりで、かといって怠けすぎず
ゆっくりかもしれないけど、とっても確実な何かをつかんでいければいいなと思います。

Filed under: スピリチュアル — 楽 8:54 PM

献血

何年振りでしょうか、本当に久しぶりに献血に行ってきました。
献血手帳をすでに紛失していましたが、ちゃんとデータが残っていて、(記憶では5年以上でしたが)もっと前に行ったきりでした。
今は手帳ではなくカードになってるんですね。知らなかったです・・・。

今まではバスでの献血でしか経験がかったのですが、今回は初めて献血センターへ足を運びました。
献血する意志は前からあるのですが、注射針が「得意ではない(汗)」ため、あまり足が運べなかったのですが、ほんの少しの勇気を持って向かいました。

センターはとても広く綺麗で、またたくさんの方が献血に訪れていました。

意外だったのは、割と気の流れが良かったことでした。
一般的な病院・医療施設と違って病と闘っている方ではなく健康で、しかも社会奉仕に訪れた方々が集まっているのですから、当然といえば当然なのかもしれません。
(※ 一般病院、特に病棟のある病院こそ、きちんとエネルギーを整えておかなければならないと私は思っています。)

しっかり400ml献血してきました。

水分補給用のスポーツドリンクはもちろん、紙コップの各種飲料やクッキーなどの茶菓がとても広い休憩室でゆっくりと楽しめますし、帰りにはお土産のお菓子ももらえます。
至れり尽くせりなんですね。。。

しかも、イベントとしてプチ手相鑑定が行われていました。これもプレゼントのようです。
今は手相を見てもらうことは無いのですが、せっかくの縁ですし、見てもらうことにしました。
その方は何も話さず手相だけを見て、曰く、「わりと健康で、晩年運がいい、勘があってひとつの仕事や趣味をこつこつとずっと続けていく」のだそうです。
手相でこれだけ当たっていれば十分では?と思われる内容でした。
また、エンパスなど敏感な体質などは「勘がいい」として現れるのだそうです。初めて知りました。

若い方もとても多かったような気がします。街中にあるので、土地柄もあるかもしれませんが、それでも若々しいファッションに身をつつんだ方がこうして献血に来られるというのは、まだまだ日本も捨てたものじゃない!と強く思いました。

最近はお手軽な精神世界の本が浸透しています。
「夢をかなえるゾウ」は私も読みましたが、社会奉仕についても書かれていました。
私は、募金のほかに「献血」も良いのではないかと思います。
自らの身体を差し出すのですから、ある意味究極の奉仕です。
もちろん、リスクが全く無いわけではなく、体調や思想信条にもよるのでしょうが、成分輸血などもありますし、本当に余裕があって気が向いたときでよいので、ぜひ行ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、次の日が休みのときにした方がいいです。敏感な人は意外とエネルギーが足りないと感じるかもしれません(私がそうでした)
でも、私はまた行きたいと思いました。

Filed under: スピリチュアル — 楽 3:40 PM

「普通」の価値は

悩みを抱えて相談に来られる方は、もちろん当たり前なのでしょうが、自らの回復を心より望んでいます。
その中で、回復した状態としてよく話に出ることは
「普通になりたい」
「人並みになりたい」
といった、一見なんでもないような望みです。

実は、この言葉の裏には、本当に切実な、あるいは切羽詰ったたくさんの思いが込められています。
今(特に人間関係や日常生活などで)悩んでおられる方は、その「普通」に対する気持ちがとても分かるのではないでしょうか。
私も、「普通になりたいんです」という言葉に、特に直接触れるにつれ、そのお気持ちが痛いほど伝わってきます。

自分が傷つき、消耗しているときは、とかく周りの方が正常に感じやすいものです。
何かに悩む方は、えてして敏感な方が多いのですが(そもそも、鈍感な人は悩みにくいです)ご自身が敏感な感覚を持っていると自覚されている方以上に、その自覚が無い方はとくに悩みが深くなる傾向がある気がします。

ここでで大事なのは、「普通」とは何か、ということです。
これは、優しい方やアダルトチルドレン(自覚の有無にかかわらず)に多い傾向なのですが、「まわりと合わせる」ことが「普通」であると思っていることです。
一見その通りに感じられるかもしれませんが、では、その基準となる「まわり」とは何でしょうか?

まわりの、いわゆる世間一般に本当に幸せそうな人はどれくらいいますか?
あなたが望むような、尊敬できる人はどれくらいいますか?
あなたと同じくらい、何かに敏感な人はどれくらいいますか?

私もエンパスなどの同じ悩みを抱えていたのですごく良く分かるのですが、もし周りに合わせられることができても、それだけでは心の開放にはならないのです。

実は、「普通」とは、「平穏な日常」そのものです。
そして、平穏な状態は、人それぞれで違います。

一番重要なことは、そのココロを癒すこと、少しでも楽にすることです。
まず第一に、そこに向けて取り組みます。
たとえば、人間関係についてでしたら、人間関係が苦手なその根本の原因を探り解放していくことが、同時に心をいやすことにつながりますが、最終的なゴールは、ありのままの自分でそのままいられることではないかと思います。
もちろん、ヒプノセラピーでそれぞれの方の心の奥を探求して、本質的な原因を開放させていくのですが、その目的は最終的には自分自身を守り、大切にし、慈しむことができるようになることではないでしょうか。

その結果、それぞれの方の心の癒しが訪れ、平穏な日常が「普通」となっていくのです。
完璧な人生などありません。でも、その多くを穏やかなココロで過ごしていくことは十分可能なのです。
まさにそれこそが「普通」というかけがえの無い価値なのではないでしょうか。

Filed under: ヒプノセラピー — 楽 5:45 PM

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